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奈良地方裁判所 昭和32年(ワ)164号 判決 1960年11月10日

主文

被告は原告に対し別紙物件目録記載の家屋中、附属一号木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪十三坪二合外二階坪十三坪二合の中、二階坪十三坪二合を除くその余の部分を明渡し、

且昭和三十二年一月一日以降、昭和三十三年二月二日迄一月金三千二百十二円の同月三日以降前項記載の家屋明渡ずみに至る迄一月金二千百四十一円の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を三分しその一を原告のその二を被告の各負担とする。

この判決は原告に於て金十万円の担保を供するときは原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し、別紙物件目録記載の家屋を明渡し、且昭和三十二年一月一日以降、右明渡ずみに至る迄一月金一万円の割合による金員を支払え。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十二年二月訴外三木忠方から別紙物件目録記載の家屋を買受け、その旨の登記手続も経由したが、当時右家屋は被告の亡夫田中栄が賃借して書道教授等をなしていたので、同人に対する賃貸人としての地位を承継した上、同年秋頃同人に対し、右家屋明渡の調停を申立てたが不調となり、次で同人を相手方として右家屋明渡訴訟を提起し(奈良簡易裁判所昭和二十三年(ハ)第三六号)た所、昭和二十四年二月二十八日条件附で本件家屋の中一部を明渡す旨の裁判上の和解が成立した。

二、所が同年七月中右田中栄の死亡により被告が右家屋の賃借権を相続したが、同人の死亡によりそれ迄相当盛大であつた書道塾も火が消えた様になり、被告は単身建坪約四十一坪余の本件家屋に居住しているが、現在に於ては書道の弟子も僅少で殆ど空屋同然の状態にある。

三、一方原告方は、原告夫婦に成年に達した三男、四男成年間近い次女の五人暮しで、訴外大一莫大小株式会社所有の工場附属建物に寄寓しているものであるが、右会社は借財の為訴外株式会社南都銀行の為右工場建物に抵当権を設定していた所同銀行から右抵当権実行の為の競売の申立があり、右会社から早急に転出する様要求されているが、本件家屋を明渡して貰う以外に他に転出する見込もない現状である。

四、よつて原告は前訴の和解成立時から八年も経過し当時とは事情も一変し、右和解後の前記各事情は借家法に所謂正当の事由がある場合に当るもので本訴を以て、解約の申入をなし、本件訴状は昭和三十二年八月三日被告に到達したから、本件家屋に付ての賃貸借契約は同日から六ケ月を経過した昭和三十三年二月三日附を以て解除されたので、所有権に基づき、右家屋の明渡を求めると共に、

五、右家屋の賃料は、昭和三十一年当時は月二千百八円であつたが、原告に於て物価の変動、近隣の土地建物価格の昻騰等の理由により、同年七月賃料を昭和三十二年一月一日より月一万円に値上する旨増額の申入をなし、同日から賃料は増額されているにも拘らず、被告は同日以降の賃料の支払をしないので同日以降賃貸借契約解除の前日である昭和三十三年二月二日迄一ケ月金一万円の割合の賃料の解除日である同月三日以降右家屋明渡ずみに至る迄之と同額の賃料相当の損害金の支払を求めて本訴に及ぶと延べ

被告の主張に対し

本訴は前訴(奈良簡易裁判所昭和二十三年(ハ)第三六号)事件の和解成立後の事情に基づいて提起したものであつて、右和解当時とは原、被告双方の事情が一変しているので原告は右和解後の事情に基づいて訴を提起する利益を有するものである。

猶被告が昭和三十二年一月分から昭和三十五年四月分迄一ケ月金二千百八円の割合による従前の賃料を供託している事は争わない。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、

請求原因事実中

一、の事実 二、の事実の中被告の夫栄が死亡し被告が賃借権を相続したとの事実 三、の事実の中原告が、現在その主張の家屋に居住し、右建物に付競売の申立がなされている事 五、の事実の中昭和三十一年当時本件家屋の賃料が月二千百八円であつた事及び同年七月原告からその主張の様な賃料増額の申入のあつた事実

は認めるがその余の事実はいずれも否認する。

原告は本件建物の一部に付ては条件附ながら家屋明渡の債務名義を有するものであるから、当該部分に付ては、訴の利益を欠き訴を却下さるべきであり、

仮に右主張が認められないとしても本訴状の送達を以てする解約の申入は正当の事由を欠き無効である。

原告は自己使用を理由として明渡を求めているがその理由のない事は次の通りである。即ち

一、原告は所謂新家主であり、被告の亡夫栄は原告が本件家屋を取得する以前より右家屋を賃借して書道の塾を盛大に営んでおり被告もその助手をしていたが、夫死亡後は被告は日々の生計を維持する為、書道の外に、茶道、華道の教授を始め現在は本件家屋二階の八畳と十畳の間で約三十二名の生徒(主として小中学生)に書道を、又階下を使用して約五名の生徒にローマ字を、約二十一名の生徒に茶道を、約十一名の生徒に華道を教え、一人に付約三百円の月謝により月二万円足らずの収入を得て女手一人で生活している状態であつて他に転居先とてなく、収入源も前記月謝のみであるから、被告に本件家屋の明渡を求めることは年令的、才能的に他の職業に就きえない被告に対し即日路頭に迷うことを強いるものである。

二、所が原告は訴外大一莫大小株式会社の代表取締役であり、本件家屋以外に借家を四軒所有していて、現住家屋の明渡を要求せられても他に転居先を求めることは至極容易である。

三、のみならず、もともと原告は大和郡山市南郡山町二四四番地に居住していた所、居住の困難を主張して本件家屋の明渡を求め乍ら(前記奈良簡易裁判所昭和二十三年(ハ)第三六号)右事件に付成立した和解条項記載の義務を履行して右家屋中、同和解条項所定の一部の明渡を求めることなく、昭和三十二年十一月七日当時居住していた木造瓦葺二階建居宅一棟を第三者に賃貸して現住所に移転したものであつて、今日右家屋の明渡を要求せられているとしても、右は全く原告の責に基づくものでその自己の過失による結果を被告に転嫁せんとするが如きは不当も甚しい。

而も右家屋の明渡を要求せられているという事も訴外大一莫大小株式会社がその代表取締役に対し要求しているのであつて、右会社は原告の掌握する同族会社である等の事情から本訴に利用せんが為の作為の跡歴然たるものがある。

又本件建物の賃料増額請求も不当である。

即ち本件建物の中家屋番号二五四番の二の建物は服部忠彦、家屋番号二五四番の建物は原告の所有名義に登記されており右各建物はそれぞれその延坪が三十坪以下である。地代家賃統制令の規定は建物を中心として規制されていて、その適用除外例も当該建物の使用状況又は延坪を中心にしている。従つてたまたま数個の建物を同一人が賃貸人となつて同一人に賃貸したとしてもその適用を除外されることにはならないから、本件家屋の賃料は地代家賃統制令の適用をうけるものである。

仮に右の主張が認められないとしても、借家法第七条の「比隣ノ建物ノ借賃ニ比較シテ不相当」かどうかを考慮する場合比較の前提として借家の用途、品等、建築時期、建築費賃借条件、賃借時期及び敷地の状況等が当然考えられなければならないところ、原告からは何ら之らの点に付、主張立証がなされていない。原告主張の賃料月額一万円というのは、何ら具体的根拠に基づかない不当に高額な請求である。

以上の通りであつて、原告の本訴請求に応ずることはできない。と述べた。

(立証省略)

理由

先ず本案前の抗弁に付考えてみると、被告は本件家屋の一部に付ては、原告は被告に対し、条件附乍ら家屋明渡の債務名義を有するから、右部分に付ては訴の利益を欠き本訴請求中同部分に対する請求は却下さるべきである旨抗争し、原告と被告の亡夫田中栄間の奈良簡易裁判所昭和二十三年(ハ)第三六号家屋明渡請求事件に付昭和二十四年二月二十八日、左記条項による裁判上の和解が成立した事は当裁判所に顕著であるが、

一、原告は昭和二十四年四月末日迄に本件家屋の中木造瓦葺平家建居宅建坪十一坪七合五勺の建物の南側に木造瓦葺の建物一棟(この建物には二畳の部屋、押入、仏壇、台所を設ける。)を新築して被告(同事件の被告にして被告の亡夫栄)に引渡す。

二、同人は右新築建物の引渡と引換に右十一坪七合五勺の建物及び木造瓦葺平家建居宅建坪三坪一合の中北側六勺の部分を原告に明渡す。

三、原告は本件建物の中右以外の部分を引続き同人に賃貸する。

原告が右和解条項に基づく明渡条件を所定期間内に履行しないまま現在に至つている事は当事者間に争のない所であるから、右和解調書は原告の為には執行力を有しないことは明らかで、原告としては右の様な和解が成立したからといつて、同和解調書記載の条件を実行して、同調書記載部分の明渡を求めなければならないものではなく、之を求めると又右和解成立当時に比し当事者双方の事情が一変すれば、右変更された事情に基づき、本件家屋全部の明渡訴訟を提起すると、そのいずれを選択するも、原告の自由であると解すべきであるから、右和解成立以後の変更された事情に基づき提起された本訴は訴の利益がある事は当然で、被告の右抗弁は到底採用の限でない。

そこで本案に付て考えてみると、

原告が昭和二十二年二月訴外三木忠方から被告の亡夫田中栄が賃借居住中の本件家屋を買受け、賃貸人としての地位を承継した事、原告が右栄に対し右家屋明渡訴訟を提起し(奈良簡易裁判所昭和二十三年(ハ)第三六号)昭和二十四年二月二十八日裁判上の和解が成立し、同人は引続き右家屋の大半を賃借する様になつた事、同人が同年七月死亡し、被告が右賃借権を相続して、現在、単身右家屋に居住している事は当事者間に争がなく、本件賃貸借契約解約の意思表示を記載した本件訴状が昭和三十二年八月三日、被告に到達した事は一件記録上明白であるから、右解約の意思表示が正当事由のある解約申入であつたか否かに付、原被告双方の事情を斟酌して検討することとする。

先ず原告方の事情に付て

成立に争のない甲第九号証、郵便官署作成部分の成立は当事者間に争がなく、その余の部分も弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば原告は現在訴外大一莫大小株式会社所有の工場附属建物内に居住しているが、同会社の訴外株式会社南都銀行に対して負担する債務の為抵当権の実行による競売の申立を受け、(当庁昭和三十二年(ケ)第七九号)、競売期日も指定された為、同会社より現住所からの明渡を求められている事を認めるに充分で、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被告は、原告自身同会社の代表取締役であり、右明渡請求は本訴の為にするもので信憑性がない旨主張し、原告が同会社の代表取締役である事は成立に争のない乙第四号証により之を認めるに充分であるが、右明渡請求が本訴の為にするものであると認めるに足る証拠はないので右主張は採用できない。

一方被告の本件家屋の使用状況について。

被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第六号証、証人細川正一、植村文輔こと植村平太郎(第一回)、小島慶助こと小島市太郎、天野志よう、勝嶌義隆、山嶋吉次郎の各証言、当裁判所の検証の結果原被告本人尋問の結果の各一部を綜合すれば、被告は本件家屋の中、二階八畳、十畳(別紙物件目録中附属一号、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十三坪二合外二階坪十三坪二合の中、二階十三坪二合の部分)の二間を使用して小、中学生に習字の教授をなしており、その生徒数は各証言により多少の相違はあるが約十五名位が、土、日曜に通つている事、茶華道に付ては習いに来る者も殆ど見かけられず、被告は昼間は外出勝で、本件家屋は昼間は殆ど閉め切りの状態にあることが認められる。前掲証言等の中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

而して原告方同居家族が原告夫婦、成年に達した三男四男成年間近い次女の五人であること、被告が単身建坪四十一坪の本件家屋に居住している事は当事者間に争のない所であるから、前段認定の原被告双方に存する事情を比較検討してみると、原告が被告の亡夫栄居住中の本件家屋を買受けた所謂新家主であること、(右事実は当事者に争のない所である。)及び原告が本件家屋に隣接して所有していた家屋を第三者に賃貸して現住所に移転した為、現住所から明渡を求められている事(右移転の事実は原告の明らかに争わない所である。)等の被告主張の諸事情を考慮に入れてみても、被告の為の住居としては前記二階八畳、十畳の二間で充分であると考えられ又職業上の必要性からみても被告が習字教室として、現に使用中の右二階八畳、十畳の二間で足ると考えられるから結局右二間は被告の為に必須のものと認められるので本件解約申入の中該部分についての解約申入には正当事由は認められないが、その余の部分に付ての解約申入は正当事由があるものと認められるから、原告に右解約の申入をなすに当り、前記二階二間を除く、その余の部分のみならば解約する意思がないと認めるべき特段の事情もない本件に於ては右残余部分に付ての賃貸借契約は解約申入のあつた昭和三十二年八月三日から六ケ月を経過した昭和三十三年二月三日を以て解除されたものといわねばならない。

猶被告は原告は他に借家を四軒所有しているのであるから現住家屋から明渡を求められても他に移転先を見つける事は容易である旨主張するが、然し賃貸人が正当事由のある自己使用の必要がある以上その所有家屋のいずれを選んで解約の申入をしようとそれは所有者たる賃貸人の権能というべきで、他に賃貸家屋を所有するという事は本件解約申入の正当事由の存否に何らの消長を及すものではないと解せられるから右主張は到底採用の限でない。

最後に賃料損害金請求について判断すると、

本件家屋の昭和三十一年度の賃料が月額二千百八円であつた事及び原告が被告に対し同年七月賃料を、昭和三十二年一月一日以降月額一万円に値上する旨の賃料増額の請求をなした事は当事者間に争がなく、鑑定人森川孝雄鑑定の結果によれば本件家屋の右昭和三十二年一月一日当時の適正賃料は月額金三千二百十二円であつたと認められるから、本件家屋の賃料は、同日以降右金額に増額されたものと認めるべきである。

猶被告は本件家屋は登記簿上二筆に分けて登記されており、その各々は三十坪以下であるから地代家賃統制令の適用がある旨主張するが、然し右建物全部が原告の所有であつて、その建坪合計が四十一坪余であり、而も、之らが全部不可分の一体として、賃貸借の目的となつている事は当事者間に争のない所であるから、右建物は全体として一個の賃貸借契約の容体となつているものとして、地代家賃統制令所定の延べ面積が三十坪をこえる建物とみるに妨なく、同統制令の適用を除外さるべきものであると解せられるので、被告の右主張は採用できない。

而して、被告が昭和三十二年一月分から、昭和三十五年四月分迄従前の月二千百八円の割合の賃料を供託している事は当事者間に争がないが、然し、右供託するに際し被告に於て原告に対し弁済の提供をした上、原告の受領拒絶にあつて供託したとの事実は、被告の主張立証しない所であるから、右供託によつて本件賃料債権が消滅したとは認められず且損害金債務は賃料名義の供託によつて消滅しない事は明らかであるから、結局右供託によつては何の債務も消滅しなかつたというの外はない。

そうだとすれば被告が本件賃貸借契約一部解除後も引続き同家屋に居住している事は被告の認める所であつて被告は之により、原告に右解除部分に付損害を与えているものというべきであるから、被告は原告に対し昭和三十二年一月一日以降右賃貸借契約が一部解除された日の前日である昭和三十三年二月二日迄、前記増額された月三千二百十二円の割合による賃料及び右一部解除された日である同月三日以降、右家屋明渡ずみに至る迄賃貸借契約解除部分の賃料相当の損害金二千百四十一円(右解除部分の面積は本件家屋の約三分の二強に当るので該部分の賃料も、この割合により算出すべきである。)の支払をなす義務があるものというべきである。

右の通りであるから、本訴請求の中別紙物件目録記載の家屋の中付属一号木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪十三坪二合外二階坪十三坪二合の中二階坪十三坪二合(前段認定の二階八畳、十畳の二間)を除くその余の部分の明渡請求及び昭和三十二年一月一日以降昭和三十三年二月二日迄、月三千二百十二円の割合による賃料請求並びに同月三日以降右明渡ずみに至る迄月二千百四十一円の割合による賃料相当の損害金請求は理由があるので相当として認容すべきであるが、その余の請求は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文仮執行の宣言に付、同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

物件目録

大和郡山市南郡山町二四四番地ノ一

宅地 七十一坪七合地上

一、木造瓦葺平家居宅 一棟

建坪 三坪一合

付属一号

木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪 十三坪二合

外二階坪 十三坪二合

一、木造瓦葺平家建居宅 一棟

建坪 十一坪七合五勺

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